2016年08月05日

これは一種の呪いか運命か?

この間、夜どうしても眠れなくてぼけーっと昔のことを思い出していました。

それはわたしが中学生の頃、隣町でバンドをやっていた10歳年上のお兄さんと文通をしていました。

彼は、ヴィジュアル系バンドでドラムをプレイしていたのですが、いつも穏やかな物腰で、自分のことを「僕」と呼ぶ育ちのよさそうな人でした。

そうそう、わたし、ギリギリ平成生まれなのですが、文通大好きだったんですよね〜

あの頃は、学校から帰ってきてポストを開けるのと、郵便屋さんのバイクが庭に入ってくる音を聞くのが、何よりもの楽しみでした



わたしは、そのお兄さん以外にも、音楽の趣味繋がりでたくさんの文通相手がいたのですが、お兄さんは本当に特別な存在でした。

わたしは彼のライブを観にいった直接話したり、他愛もない内容の手紙交換をしているうちに、どんどん彼に惹かれていきました。

そして、ある日、勇気を振り絞って手紙で告白をしました。

すると、

「そういう風に言ってもらえて、すごく嬉しかったよ。本当にありがとう。でも僕は・・・君からしたらおじさんだから・・・君のことは、本当に良い子だと思うし、可愛いと思うけど、君はまだ若いから、僕と付き合うなんてもったいないよ」

と、かなり遠まわしにフラれました。



その後、高校に進学し、友人に誘われて軽音楽部に入りました。

しかし、わたしはベースを担いで往復20キロの道程を自転車で通学するのが辛くて、すぐに幽霊部員になったのですが(楽器が部室に置いておけなかったんですね・・・)、1つ上のドラムをやっていた先輩に憧れていました。

彼は決してカッコいいとは言えないのですが、まるで布袋寅泰のような高身長で、それでいて物腰が柔らかく優しくて、わたしは恋に落ちたのです。

がしかし、先輩が優しかったのは最初だけで、そのうちわたしのストーカーのような付回しにほとほと愛想が尽きたようで、最終的には無視どころか完全に避けられるようになりました。

彼の卒業式に、勇気を振り絞って自転車のかごに入っていた上履きをもらおうとしたら、本気で嫌そうに「いや、マジで勘弁して」と言われたのを覚えています。

わたし、あんなに嫌われてたのにさらに嫌われることするとか、どんだけたくましかったんだろうか。



そして、大学に進学し、生まれて初めての彼氏が出来ました。

彼は確かわたしより7歳か8歳上で、ホームレスでした。

そして付き合い始めて3ヵ月後に、地元に隠し子がいることを打ち明けられたにもかかわらず、ずるずると1年半ほど付き合っていました。

その人も過去にバンド活動をしていて、ドラムをやっていました。



その後も妙に乱れた恋愛をあれこれと経て、大学4年生のときに、かなりイケメンの九州男児と付き合いました。

確か彼とは17歳離れていたのですが、見た目もとても若くマッチョで、そんなに年が離れているようには見えませんでした。

ちょっと性格に癖のある人で、一緒にいて嫌な思いをすることもしばしば。

酔っ払ったときにわたしの当時の同僚の彼氏に暴言を吐いてドン引きしました。

半同棲生活を送り、やはり1年半ほど付き合いましたが、結局「1人でいた方が楽しいわ」と思うようになり、別れてしまいました。

その人も趣味でドラムをやっていました。



そしてそれから2年後・・・

ポーランドでドラマーのZに出会い・・・

つくづくドラマーの人に妙な縁があって気持ち悪いなと、この事実に気付いた時はゾッとしました。

そういえば、わたしが小学生の時に音楽に目覚めたとき、好きで好きで仕方なかったバンドのメンバーもドラマーでした。

何か怖い、怖すぎる。



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posted by ざれうすか at 17:28 | Comment(2) | TrackBack(0) | 自分史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月17日

わたしのアルバイト遍歴

学生時代、今の何百倍も好奇心旺盛だったわたしは「いろんな仕事がしてみたい!」と、手当たり次第にさまざまなアルバイトをしていました。

大学卒業後も正社員をすぐ辞めてアルバイト。

最初はまともな仕事だったのにどんどん道を外れていく過程が面白い

はて・・・わたしは何をやってきたのたかな。

思いつくだけ書いてみよう



・歯科医院の掃除
人生初のアルバイト。それはそれはガキンチョの頃からずーっと通っていた近所の歯科医院の先生が「うちでアルバイトしてみない?」と声をかけてくれて、高校一年生の冬に始めた。17時〜20時まで、ナース服を着て器具や院内をあれこれ掃除。一緒にバイトしてたつけまにピアスだらけ年齢詐称して水商売をしていた同い年の女の子がなんとなく怖くて、勉強に励むを言い訳に1ヶ月くらいですぐ辞めた。(←なんだかんだこの子、面倒見よくて良い子だった。勉強はできなさそうだけど、こういう子が世の中うまくわたっていくんだろうなぁと15歳ながらに感じた←なぜか上から目線のわたしはこの頃から自分がいかに社会的に見てヘタレなのか思い知った)

・マネキン
スーパーで試食販売をしている人のことをマネキンさんっていうんですよね。これは歯科医院での激短アルバイトで「わたしって社会不適合者なのかな。仕事できないのかな」と心配していたわたしが、高校卒業後に勇気を振り絞って東京の派遣会社に初めて登録に行ってもらった仕事。家の近所の母親とときどき行っていた
スーパーで試食販売をすることに。歯科医院では器具や埃としかかかわらなかったけど、接客の仕事はこれが初めてでかなり気が張っていた。最初から最後まで全開の作り笑顔で、最後の方は顔が痙攣しっぱなし。そして、1日の仕事を終えバックヤードに戻ると、従業員のおばちゃんが2人寄ってきて、「すごくがんばってたね〜!えらいよ〜」と褒めてくれて一気に緊張がほぐれて泣いてしまう。おばちゃん、見切り品のプリンくれた。このバイトも何度かやったな。

・看板もち
この仕事の正式名称はわからないんだけど、路上で看板持って突っ立ってる人。大学入る前に登録した派遣会社で紹介してもらった1日だけの仕事。わりかし実家の近所の場所を選んで紹介してくれたものの、現場が田舎すぎて迷う。一緒に仕事したおじさんがロック好きで、道に迷っている間も音楽話で盛り上がる。夕方になると雨が降ってきてしまい、気温もおそらく10度を切りかなり寒くて、住宅展示場の看板を持つ手が震える。さきほどのロックおじさんは、うさぎの着ぐるみをきてコミカルに頑張っていた。どこまでも良い人なこのおじさん、自分の上着をわたしに貸して濡れないようにフードまでかぶせてくれた。

・クリーニング屋の受付
大学入って一番最初に始めた仕事。大学が池袋の近くにあったので、その近辺で何かを探していたら見つけた。時給は確か850円。今となってはなぜこの仕事を選んだのかわからない。たぶん、その頃は実家から2時間くらいかけて大学まで通ってたから、大学の授業が終わった後に3時間くらいバイトしてちゃんと電車で帰れる短時間バイトを探していたんだろう。店の前にいわゆるヤクザマンションがあって、あっち系のお客様も数々。お偉いさんはかなりダンディなジェントルマンだったが、下っ端のチンピラのたちが悪く、「おいてめぇ!何もたもたしてんだ!おれのシャツはよ持って来い!名前なんつうんだ!?」と言われて怖くて辞めた。4ヶ月くらいやってたかな。

・フリーペーパー配り
街頭でフリーペーパーを通行人に配るアレ。できたばかりのサンプリング専門の派遣会社に登録しに行くと、社長がイケイケの若いお兄さんでなぜか「君、イイネ!!」と気に入られ、一時期はかなり仕事をバンバンもらい「五反田の女王」と呼ばれていた。なぜ五反田かと言うと、五反田でフリーペーパーを配っていたから。お水系のフリーペーパーが多かったけど、某床屋のティッシュ配りもここの会社を通してしたな。

・口紅のキャップについているパーツを確認する仕事
派遣会社に紹介されていった日雇いバイト。工場系の仕事はここが最初で最後だった。とにかくずーっとひたすら口紅のキャップに不良がないか確認するだけ。10分で慣れて、というより飽きて、せっかちなわたしはどんどんスピードアップしてしまい見張りの人に注意される。それでもやっぱりすぐにまた早くなってしまいまた注意される、の繰り返し。

・恵方巻きのPR
これは最初に出てきたマネキンのようだがちょっと違う。スーパーの恵方巻きコーナーで、試食も何も出さずにただただ恵方巻きどうですかーと声を張る仕事。単価の高い大きなサイズのものをお勧めすると「こんなん一人で食べられるわけねーだろ!バカじゃねーのか!?」と怒鳴られたりもする。笑 お一人暮らしとはつゆ知らず、すみませんでした。

・住宅展示場でにくまん配り
住宅展示場の片隅にぽつねんとたてられた小さな屋台の中でひたすら来場者を待つ。確か三が日のいつかだったかで、寒くて寒くてにくまんがどうのこうのよりも精神維持が大変だった。

・ショッピングモールでもちをひきちぎる係り
元旦ですよ、元旦。確か大学1年生の元旦は手を火傷させながらつきたての餅をひきちぎって、パックに詰めてお客さんに渡すバイトをした。あー、熱かった。でも餅がたくさん食べられたのは嬉しかった。

・金魚すくいの屋台
え、屋台ってあっち系の人がやるもんなんじゃないの?と思われるかもしれないが、残念ながらわたしの屋台はショッピングモール内の子ども向けの屋台。金魚にエサをやったりフンを始末したり死んだ金魚をすくったり。夏休みのお盆限定の派遣バイトだった気がする。

・モーターサイクルイベントでティッシュ配り
これは美味しいバイトのひとつだった。お台場で開催されたバイクのイベントでティッシュ配り。ティッシュ配りながらも白バイショーやいろんなショーが見られた。もうどれもこれもすごくて感動しっぱなし。派遣会社を通しての仕事だったが、クライアントの人がさま〜ずみたいな2人組の男の人たちで、「おっ、今あっちでショーやってるよ!ティッシュ配ってないで見てきていいよ!」という心の広さで、なおのこと良い思い出として残っているw

・お祭りゴミ処理係り
代々木公園で開催されたワールドフェスティバルみたいなイベントの時に、ゴミ捨て場にスタンバって、来場者のごみの仕分けを見届けるだけの仕事。ゴミ捨て場は会場のいたるところにあるので、二人一組でペアを組んで各ゴミ捨て場にスタンバイ。一緒にペアを組んだ1個下の男の子が、限りなくわたしに近いギャグセンスの持ち主で初対面なのに終始笑いっぱなし。「これ、ババアが捨ててったんだけど、いります?」と、未使用のまな板を発見してくれたwわたしがあまりにもなんでもホイホイもらうので、挙句の果てにはゴミ袋から見つけた食べかけのホットドックまで渡してきた。あの子、どうしてるだろうなぁ。2日間だけのレアバイト。

・見学者に大学案内
これはわたしの通っていた大学内で募集されていたバイト。大学見学に来た高校生や保護者に構内を案内する。時給は800円台だったかな。自分の大学のこともよく知らないわたしがよく案内なんかできたな。今思うと不思議。カンペ見ながら話してたんだろうか?

・携帯のキャンギャル
そう、携帯ショップの前でユニフォームを着てマイクを持ってぶわーっと話すあれ。話すの下手なのによくやる気になったな。なんでこの仕事をやろうと思ったのかまったく思い出せないんだが、たぶんユニフォームが着たかったのと時給が良かったから。1日中ずーっと声出してるから結構のどにくる。

・セラピスト
セラピストというと、ずいぶんたいそうな感じに聞こえてしまうかもしれないが、リラクゼーションサロンの施術スタッフ。マッサージの経験はまったくなかったのに、求人の「未経験者大歓迎!」につられてなんだか面白そうだったので面接へ。当時、本当に常識がなかったわたしは、なんとヒョウ柄のコートにヒョウ柄の帽子、それに金髪で面接に挑みやがった。しかしまぁ〜、オーナーが変わり者で、見た目は完全にヤクザ風なのに超オネェ言葉で物腰が柔らかく、それでいて「あなた最高!ご家族に大切に育てられたってゆーのが伝わってくるわ!採用っ☆」と即採用。いやー、世の中にはいろんな人がいるもんだ。というわけでまったくの未経験から始め、1年半くらいやってたかな?女の人の体をあんなに触る経験は後にも先にもないだろう。

・メイド喫茶のメイド
やってたやってた、まだまだメイドさんが秋葉にわんさかいた頃。当時はまだロリータファッションとかも好きだったので、フリフリした服を着てお金もらえるなんてラッキー☆と思っていたが、最低な店を選んでしまい、給料未払い多発。社長と経理に銀行通帳を直接見せて抗議するも聞く耳持たずで3ヶ月くらいで辞めた。一緒に働いてた女の子は大半が良い子ばかりでお店終わった後に遊びに行ったりして楽しかったなぁ。バイトの度に女子会って感じで。そいや15歳で働いてる子もいたな。

・ダーツバーの店員
ダーツなんてまったく興味ないのに、バーで働いてみたいという理由で。案の定お客さんにダーツの相手をさせられる。サロンっていうの?居酒屋とかの人が腰に巻いてる黒いあれ。あれつけてやってたな。毎週土曜日しか出てなかったけど、ひとりいつも来てくれる常連のお客さんがついて、わたしが辞めるとき、着ぐるみを着て驚かしに来てくれた。ここには半年くらいいたかな?

・ゴールデン街のバーの雇われママ
もっとガッツリ水商売したい、でもキャバクラはちょっと違うな〜と思って選んだのが、新宿ゴールデン街。いや〜、この街には本当にお世話になった。雇われママと言っていいのかどうかわからないけど、カウンターしかないようなお客さんが数人しか入れないお店を、自分のシフトの時間帯はひとりで仕切る。監視の目がないからすごく気楽だし、何よりBGMも自由だからブラックメタルもよく流してた。この頃は、お客さんもまともな人がめったに来ないので、ヒヤヒヤしつつもそんな変人たちと過ごす時間がとてつもなく楽しかった。ある店では大学2年生の頃から通算4年半くらい働かせてもらったな。何軒かのお店で働いて、こないだ日本に帰国してた時も少しの間またお世話になってた。日本に戻ったらここでまた働きたい。

・キョ○ちゃんの着ぐるみ
身長155センチ以下の人しか応募できないレアバイト。関東各地のスーパーに行って、子供と写真を撮る。実働は4時間しかないけど、ちゃんと拘束時間分の給料がもらえる美味しいバイト。着ぐるみに入る人は2人体制。1時間着ぐるみの中に入ったら1時間休憩。その後はもう片方の人が着ぐるみに入って、自分は写真を撮る係り。一緒にペアを組んでいた年上のお姉さんとかなり意気投合し、よく一緒にシフトに入ってた。連れってって〜!と言われてお気に入りのゲイバーに一緒に行ったりしたな、懐かしすぎる。

・音楽会社の事務
好きなものに囲まれて働くってこんなに楽しいんだ!と最初の数か月は幸せいっぱいだった。その後いろいろゴタゴタもあったけど、今までにないくらいの最高なわたしの理解者にも巡り会えた。ここで働いて、それはそれは様々な音楽に出会いました。2年3か月働いてたかな?短いけど、平日フルタイムバイトでは、これがわたしの最長記録。

・女王様
最高に刺激的で楽しすぎた。2年くらいやってた。



こうして振り返ると、思っていたほどいろいろやってなかった。

ほかにも何かやったような気がするんだけど思い出せないや。

思い出したら追記していこうかな。

何か少しでもみなさまの参考にな・・・らないかな。笑



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posted by ざれうすか at 20:56 | Comment(4) | TrackBack(0) | 自分史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする