2015年10月08日

ついに彼の家へ

彼の地元へやってきたものの、彼は自宅にわたしを連れて行きたくない様子。

どうやら、アル中気味のお父さんをわたしに見せたくないそうです。

お母さんもその頃は病院に入院していましたし、彼はいつもお父さんと二人で住んでいて相当ストレスがたまっていたみたい

なので、数日間、彼のバンド仲間のおうちにお邪魔していました

ポーランドに来て、一般家庭にお邪魔したのは初めてだったので、わくわくどきどき

インテリアや壁紙など、何もかもが素敵に見えます(実際お友達のアパートはとても広くて素敵なところでしたよ

みんなが仕事に行っている昼間は、一人で街中をぶらぶら散歩したり、スーパーで変なお菓子を見つけたり、

夜はみんなで一緒にお酒を飲んだり、ベトナム料理を食べに行ったり、ポーランド語のインタビューを翻訳してもらったり、毎日毎日楽しかったです。


が、しかし、友達の家とはいえいつまでもお邪魔しているわけには行きません。

滞在4日目、彼はわたしをようやく実家に連れて行く決意をしました。

そして、友達の家からバスで30分ほどかけて彼の地元へ。

小さな可愛らしい町の何の変哲もない小汚いアパートの1Fに彼の実家がありました。


お父さんと初めて話した時、やっぱり酔っ払っていて、ドイツ語で話しかけられました

数日後、退院したお母さんは、わたしを見るなり「あらまぁ〜!」と喜んでくれたのを覚えています

ちなみにお母さんは、最初のうちわたしの名前が覚えられず、彼の前ではわたしのことを「ヨーコ」と読んでいたそうです笑

日本人=オノヨーコ⁉


何はともあれ、この出会いから早11ヶ月。彼と、彼の家族と過ごす時間も、残りわずかです。


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posted by ざれうすか at 18:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 彼との馴れ初め | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月07日

真夜中着の列車

駅の硬くて冷たいベンチで一夜を明かし、わたしはカトヴィツェに戻りました。

そして、彼が「行くところがないなら、俺の町においで。田舎だけど、自然がいっぱいで良いところだよ」と言ってくれていたのを思い出しました。

同時に、昨夜「なんだろう、この気持ち…初めての感覚…たぶん、、、君に恋に落ちた」と言ってくれていたのも思い出し、友達と思っていたのに、その頃にはわたしもすっかり彼のことが異性として気になって仕方なくなっていました。



わたしは彼に「今日会いに行く!今から行くね!」と連絡し、返事を待たずに列車のチケットを買っていました

「1時09分に○○駅に着くから!今日は夜中だから駅前のホテルに泊まる。明日迎えに来て」と連絡すると、

「何言ってんだ!今夜迎えに行くよ!その時間、駅のホームで待ってるから」と。

わたしはその時、彼にまた会える喜びでウキウキしていた反面、いくらうちにおいでよ、と言ってくれてたとしても、さすがに突然すぎて大迷惑なんじゃないかな…そもそも、本当に待っててくれるんだろうか…など半分不安でした。


そして列車に揺られること7時間、ようやく彼の待つ駅に着きました。

ホームに列車が到着した途端、わたしは彼を見つけてものすごく安心したのを覚えています

嬉しくて普段は絶対に自分からそんなことしないのに、子どものように彼に飛びついて「ほんとに待ってた!ありがとう」と言いました



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posted by ざれうすか at 05:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 彼との馴れ初め | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月06日

人生初の野宿はチェコで!?

カトヴィツェで彼と別れた後、わたしは1週間そこに滞在する予定で宿を見つけ、のんびりしていました。

すると、数日たって彼がFacebookでわたしを見つけてメッセージを送ってきてくれたのです。

もう話すこともないだろうし、会うこともないと思っていたわたしはびっくり!

とーっても嬉しかったです😃💕

(後から聞いたところ、わたしと連絡を取りたいがために、わざわざFacebookのアカウントを作り、お金を工面してタブレットまで買ったようです⚡💥)

彼は毎日のようにわたしを心配して連絡をくれました。

「今夜はカトヴィツェに住んでいる友達にバーに連れてってもらうよ」と言って夜中過ぎまで飲んでいた日は、

「もう夜中の1時だよ。大丈夫?無事?ちゃんと宿に帰れた?誰も君のこと襲ったり傷つけたりしてない!?」と、過保護なまで心配してきたくらい



そして連絡を取り合うようになって数日たった時、わたしは例の大好きなポーランドのバンドのライブを観にチェコの田舎町に行くことになりました。

カトヴィツェからその町までは電車を1回乗り継いで1時間半ほど。

しかも知り合いのカメラマンが「自分もそのライブ行くし、カトヴィツェに住んでるから帰りは車で宿まで送ってくよ〜」と言っていたので、安心してチェコに向かいました。


が、しかし、当日になってカメラマンから連絡があり、

「ごめん〜!風邪引いちゃって今日は行けないや。楽しんできてね〜」と!

え〜!!もうわたしチェコまで来ちゃったし!!

一応、事前にライブハウス近辺のホテルのチェックはしておいたのですが、どこも高いところばかり。

電車ももうありません。

あぁ、ビドゴシュチュのようにうまくいかないだろうか…と、バンドのメンバーを頼るも、ほんとに小さい車に機材も一緒に載せて来たようで「ごめん、これ以上は誰も乗れないや」と言われてしまいました。

そしてそんな中、常に連絡を取り続けていた彼に「どうしよ〜。今夜泊まるところが見つからないや」と、メールをすると、わたしの想像をはるかに上回る勢いで返事が。

「ありえない!そんなのありえない!お願いだからバンドのメンバーに頼んでカトヴィツェまで送ってもらって!俺が頼んでるって伝えてよ。後でお金払うからって。あぁ、君が心配すぎて泣けてきた。チェコ共和国のバカ野郎!!」

と、なんと、何の非もないチェコのことまで蹂躙するほど心配させてしまいました💣


でも、バンドのメンバーはもう帰ってしまいましたし、とりあえずライブハウスにいるお客さんたちに「この近くの安いホテル知らない?」と聞いたのですが、笑っちゃうくらい英語が通じない!!

もー!こうなったら一泊一万近くするけど、近くにあったホテルに行ってみよう、と真夜中にホテルへ向かいました。

フロントで「空いている部屋ありますか?」と聞くと、

「ない」

と、とっても無愛想な返事が

絶望しました、どうしようって。

タクシーを呼ぶという考えすら思いつかず、真夜中に人っ子一人いない道路を歩いて駅まで向かいました。

幸い駅の待合室は空いていたので、中に入ってバッグを抱えて朝までベンチで就寝😖

暖房が入っていなかったので、すーごく寒かったです⛄



これがその田舎町、カルヴィナー駅。
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待合室ではなぜか若者がたむろして騒いでました。
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posted by ざれうすか at 05:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 彼との馴れ初め | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月04日

泣かないで

10日間に及んだツアー最終日は、あっという間にやってきました。

最後のライブは、わたしのお目当てのバンドの出身地、カトヴィツェで行われました。

2年前にこのバンドの存在を知った時から、意味もなく憧れていたカトヴィツェ。

やっとその街に来られた喜びと、このツアーが終わってしまう悲しさで、なんだかとっても複雑な気分でした。


わたしは彼の隣に座って楽屋裏でビールを飲んでいました。

「ツアー、終わっちゃうね…わたしたちがこうして話すのも最後なんだね」と彼に言った途端、

とてつもなく寂しくなって、

わたしは思わず泣き出してしまいました。

すると彼は、「泣かないで、泣かないで。最後じゃないよ。君はこのツアーが終わってもヨーロッパにいるんでしょ?それならいつでも会えるよ。君の好きなバンドもまたライブやるよ」

と、わたしの突然の涙にテンパりながらも慰めてくれました。


その日、ライブ終了後、全バンドのメンバー、プロモーター、音響さん、物販さんなど、このツアーにかかわった全ての人たちが、ステージに上がって写真撮影することに

わたしも写っていいのかな…と遠慮していると、誰かが「君もおいでよ」と言ってくれ、

さらに、写真をみんなで撮った後、関係者一同がお互いにハグをしながら挨拶し始め、その光景に感動してわたしはまた泣いていました


10日間、わたしは観客として彼らとかかわってきましたが、みんなが頑張っているところをずっと見ていました。

まだどのバンドもそんなに人気のあるバンドではないので、移動の際のバンの運転手を雇うこともできません。

基本的にメンバーが自分で運転しています。

そしてみんな、長い移動とたくさんの準備や後片付けでへとへとなはずなのに、毎日全力で最高の演奏をしていたのです。

彼らもツアーをやり遂げた達成感を感じていたのか、本当に安心した様子でお互いに話していて、

わたしの憧れのバンドのメンバーも、わたしの名前を呼んで「ありがとう〜〜〜!」とハグしてくれました。


感動的に幕を閉じたツアーでしたが、わたしの中では、大切な何かが終わってしまった気分でいっぱいでした。

そうですよね、このツアーを生きがいにこの数ヶ月仕事に励んで、その仕事も辞めて彼らのライブを観に来てしまったんですから。

自分で決めたことだし、こんな夢のような時間が過ごせるとは思ってなかったので、非常に大満足したのですが、頭に浮かぶのはたたひとつ。

「さて、この後どうしよう」

不安でしたよ、翌日の宿も決めてなかったですし、今後の予定は”とりあえずポーランドに近くてそれなりに仕事も見つかりそうなベルリンに行く”というおおまかなものでしたから🌀


その日の夜、プロモーターが最後に手配してくれた宿に、彼のバンドのメンバーと行きました。

お目当てのバンドのメンバーたちは、この街に住んでいるのでそのまま直帰したようです。

宿の部屋で、今にも泣き出しそうな顔で窓から外を眺めていると、

1Fから4Fまで、わたしの20キロ近くあるスーツケースをひーこら言いながら運んでくれた彼がぽつり。

「泣かないで。こっちまで悲しくなっちゃうよ」

そして真夜中に二人でケバブを食べに行きました


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posted by ざれうすか at 22:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 彼との馴れ初め | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

恐怖の水シャワー

この日、ライブ終了後にわたしたちが泊まった場所は、

真っ赤なベロアのローブに身を包んだオカマちゃんのようなオーナーのホテルでした。

このホテルは建物自体古く、さらにはわたしがシャワーを浴びていると、お湯が水に変わってしまいました!

使えるお湯に制限があったみたいです。

わたしの後にシャワーを浴びようとしていた彼に「ごめんね。お湯出なくなっちゃった…」と言うと、

彼はたいそう絶望した様子で肩を落とし、

「いいよ…でも、おれ、ここで、死ぬかもしれない、今日」

と、不自由な英語でわたしに心境を伝えた後、さむ〜い11月なのに水でシャワーを浴びていました。

なんだか申し訳ないな…と思っていたら、

鼻歌をうたいながら彼が浴室から出てきて、思わず吹き出してしまいました。


そのホテルの部屋にはベッドが3つあり、音響の人とベースの人が同じベッドで、彼とわたしは隣同士のベッドで寝ることに。

わたしが枕のにおいを確認していると、

彼は「くさい?」と聞いた後に、子どもようにじっとわたしの顔を見つめて、

「君の名前はなんて言うの?」と聞いてきました。

やっぱり変な人だな、と思いながら名前を答えましたが、やっぱり彼はこの日も酔っ払っていたようです



おまけツアー中、よく楽屋裏で折り紙を折っていました。これは紙ナプキンで作った鶴とおさる。誰かのたばこの吸殻をさるが吸っています。
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posted by ざれうすか at 07:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 彼との馴れ初め | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする